もう1か月前になる、ほっけーどー帰省。
昨年から、2人の子どもの航空券代も大人料金になり、
H.I.Sのヨーロッパ周遊旅行並みの総額になるので、フェリーに変更になりました。

★★昨年★★同様、八戸(はちのへ)へ到着した朝、市場へ向かいました。
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もうね、おばちゃん。。。おばあちゃんたちの手さばきに、見惚れるね。
販売するときは、このおばちゃんの右手の棚上から、半分のカットした新聞をサッと取り、包装して、ゴム輪をくるり。

「おう、20円、貸してけろ~」といえば、
「おらも、ねぇ~」
「あるある、ほれ~」と、2つ向うのおばちゃんからバケツリレーのごとく、20円の橋渡し。

何歳でも、元気であれば、日本の経済活動に参加できるのですね。


今夏は、これらを食べました。
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さばの塩焼き 400円
すじこ 200円
マグロ 200円

ご飯とみそ汁で、180円ぐらいだったかな。
このさばの塩焼きが、激しい争奪戦となりました。
大きなグリルで、おじちゃんが、焼いてくれています。

やはり、魚や海藻類を食べているせいか、デブが居ないねぇ。
おばあちゃんたちも、とても元気。
もりょーがは、生魚が少ないから、うらやましい。


                       ***************

さて、今夏の帰省話は、なんだか物足りないわ~、5-さん、おとなしかったのかしら。。。と思った、あなた。
もう、2年ほど、ここに通い詰めた証拠です。


---帰省中の世直し話はコチラ--------------
★2015年★
★2016年 その1★
★2016年 その2★
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今年もね、あったんです、してしまったんです。
復路の船内で。。。苫小牧から八戸の向かう船内で。

復路の船は、私の中三の修学旅行で乗ったような船でした。
大広間のところに、雑魚寝。。。のような、アレです。
昔は雑魚寝でしたが、いまは、ひとりのスペース分の折り畳みクッションで区分してあります。

で、家族4人で案内され(知らない男女が、隣り合わせにならないように、係員が席を案内してくれます)
タオルケットやら、飲み物を、私が配布していると、我々の向かいに5人家族がやってきました。

あんぱんとコーラとお昼寝が大好きっぽいママ
年中、クロックスを履いているような、パパ
あとは、中2、小5といったところのお嬢さん
そして、小2ぐらいのボンズ「こうちゃん」

私のセンサーが反応した。


初めての船旅なのか知らないけど、こうちゃん、大はしゃぎ。
家族のスペースのとこで、ケンケンパーをする。

「こうちゃん!」

案の定、名前だけ呼んで無意味な注意をする、ママ。
こうちゃんは、マイペースで、なにやら、呪文を唱えはじめる。

立ちながら、右まぶたの上をつまみ、「&%$$$##~~!!」と口にして、バタッと倒れる。
それを、13回ぐらいしたかな。

じーーーーーーっと私は、見ていた。
隣の長男が、無言で肘鉄をしてきた。
見るな!ということだろう。
でも、私は、止めなかった。

次に、こうちゃんは、アラーの神へお祈りするようなことを始めた。
立膝ついて、ぶつぶつ言いながら、上半身を倒す。

「掛け算の7の段を、唱えられなそうな子だな」と、長男。
いや、ほんと、そう。
周囲の人々も、怪訝な目でみるようになった。

しかし、ママは、お構いなし。
最後に洗濯したのは3年前かな??ぐらいの、きったねーバスタオルをかけて、寝る態勢。

ママ、靴下に、デカい穴、あいてるぜ。

おねえちゃんたちは、大浴場へ(無料だから、入らないとみたいなことを言ってました。。。そゆとこが、もう。。。ね)
パパは、整理整頓。

ときおり、パパが注意するものの、こうちゃんは、一向に止めない。
すると、やっと、私の刺さるような視線に気が付く。
一瞬、ひるむも、また、祈りを捧げる。

また、目が合った。

「し」 と、私は声を出さずに、口を動かした。

すると、こうちゃんも、マネをした。。。「し」

「ず」  「ず」
「か」  「か」
「に」  「に」

私の口の動きを真似して、やっとわかった、こうちゃん。

”おれ、注意されてる”


そう。
こうちゃん、あなた、うるさいんですよ。
静かにしなさい。


やっと、祈りスタイルの、ふざけたマネを止め、
きったねーバスタオルをかけて寝ている、おかあさんの隣で寝た。


あああ、今年もやってしまった。
なぜ、私には、こういう場面が当たるのだろう。
好きで、注意する人間など居ない。

普通にしてくれ。
頼むよ。
普通でいいの。
ね、わが子は、自分たちで面倒みましょうよ。


そんな話を、私の美容部長Mちゃんに話したら、
また、涙を流して笑っておった。
そして、言った。

「5-さん、やっぱり、ホイッスル買ってあげましょうか?」

嗚呼、そうね、そうね。
ピーーーーーーーッと、ホイッスルを鳴らした方が、楽かも。。。。


今回も、ディスリは、なしで、お願い。
その代りといってはなんですが、
5-さん、ホイッスル買いなよ、という方、よかったら、拍手をお願いします。





やはり、このぐらいの値段を出した方が、いい音がするようです。

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さよならの先

2017/07/18 Tue 07:11

べんと。
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ミニハンバーグ
エビチリ
ファルファッレのハーブソルトソテー


三者面談の翌日から2日間、PTAのお手伝いをしてきました。
高校別に役割分担があって、指示通りに動きます。

なにがあったかというと、コレ↓
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こーゆーのやってるの、ご存じでした?

第66回ということは、66年も開催してるってことよね。
持ち回りということで、今年は岩手の、もりょーが。

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こういうのがあると、もう1年も前から準備するわけですよ。
教師含め、教育委員会も。

ほかにすること、いっぱいあると思うんですよねー。

来年の開催地、福島・郡山市のゆるきゃら、ガクトくんだそうです。
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郡山市は、音楽都市を目指す宣言をしたとかで、音楽にちなんだそうです。
(お尋ねしました)

この紹介のために、6人ほど、ゾロゾロと。。。。(他にもすること。。。ピーーーー♪)


前日の準備は、13:00~16:00まで。
当日は、8:30~15:00までで、日当とお弁当が出ました。

当初は、参加するつもりはなかったのですが、2度も、スタッフの人数が足りませんとメールが来て。。。
人数を確保するというつらさは、これまでのPTA活動で十分、理解しています。
次男も、人のご縁で入試に間に合ったし。。。還さないと。。。で、参加を決めました。

楽しかったですよ。
参加された保護者の方々は、自主的だったこともあり、とてもスムーズに準備できました。
例えていうなら、
同じ方向のバスを、バス停で待っている乗客のような。

日陰に、どうぞ。
あ、トイレに行くなら、荷物持っていましょうか?
冷たいお茶ですか?ありがとう。

とても、気分がよかったです。
そしてなにより、みんな、同じ気持ちで、お弁当を作り、送りだしているということの、心強さ。
頑張ろう、と、改めて思いました。



さらに。
役割分担が同じもう一校の教師・保護者と準備していたのですが、
ひとりの先生を見て、どこかで会ったことがあるなぁと、ずっと思っていました。
2人の保護者として、長く、学校と関わってきたので、どっちのときの先生だったかなーと。

近くによって、さらに観察(不審者。。。)

あ。

あっちゃん。


モリショウのときの担任だ。
私の先生でした。


「あつこ先生。。。。」と声を掛けると、「あら?。。。5-さん!5-さんだ!」と、
ちょっと、大きくなっている私でも、ちゃんと名前を憶えていてくださっていました。

なんということでしょう。
保護者として参加した会に、恩師と再会するとは。
進路が決定するまで、本当にご迷惑をおかけして、そして、きちんとお礼を伝えぬまま、卒業したので、いつか、お礼を言いたかった。
30年以上経って、無事、伝えることができました。

あのときの私に教えてあげたい。
ちゃんと、30年経ったら、伝えられるよ、と。

人生、わからぬもの。
どこで再会するか、わからない。
だからこそ、友人・知人・恋人との「さよなら」は、理不尽にするものではないな、と思う。

ディサービスで、元恋人と再会。。。。なんてことは、起こりうるのかも。
想像したくないけどもね。

さよならの先は、ある。


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号泣

2017/07/15 Sat 08:05

先週半ば、次男の三者面談でした。

長男は、ナンバースクールでしたので(もりょーがの高校は、1~4までの数字の学校があるんです。)
高校入学早々から、進学に向けての講話などあって。。。
ちょっと待ってくださいよ~殺伐とした雰囲気から抜けたのに、もう次ですか?と、泣きが入った、親子で。

偏差値、大学紹介、奨学金の話。
高校入学は、終わったのではなく、始まりなのです。


それに比べると、次男の入学した高校のゆるさ。。。いや~、いいねぇ。
わたしのモリショウ時代を思い出します。

あまりのゆるさに、私、次男の高校入学式のときに、待機教室を間違えてしまいました。
隣のクラスで、ずーーーっと、担任のお話を聞いていたんですよ。

先生は、最初、講師で、この母校に戻ってきたのですが、
指導しているうちに、どうしても担任を持ちたくて、通信で大学に通い、教員免許の資格を取ったというお話に、涙。
いい担任でよかったなぁと、思った矢先。。。

あら?このクラスだっけ?
昇降口では、4組にチェックしたけれど、ここは、3組。。。。

あ、間違った。

しかし、いま、ここを出るのは得策ではない。
入学式が終了後、体育館から早々に戻って、荷物を移動しよ。

ということで、入学式終了後、ダッシュで教室に戻り、何食わぬ顔で4組の教室に着席。
ごめんちゃい。

そんなこんなで、再び、始まった、高校生の保護者生活。
最初の三者面談前というのに、私は、ひとり、号泣していました(アホ)


教室の前の掲示板にこのようなものが。
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生徒から保護者へのメッセージ。
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そうか、そうか。
おかあさんも、魚より肉が好きです。
サンドイッチ?作っちゃる、作っちゃる。


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そうかそうか。
この3品のローテンションでいいの?
おかあさん、楽でいいわ~39~!


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・・・・・・・・祖母って。

そっかー。
私も、へこたれている場合じゃないなー。
おばあちゃんも、弁当や食事を、毎日、作っているんだもの。

借りを返すだなんて、いんだよ、そんなの。
その心を忘れずに、自立して、そして、家族を持ってくれることが、一番の恩返しなんだよ。
このあたりから涙で読めず。。。(アホ)


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雨が降れば、濡れてるだろうか?とか、
風が強ければ、自転車、漕ぎづらいだろうな、とか、
暗くなれば、車に轢かれないように、とか。
毎日、思っています。
可愛そうだから、送迎してあげたいけれど、できるわけがありません。

せめて、せめて、温かいご飯を用意すること。
温かいご飯には、激励と心配と案ずる心、全てが入っているんだ。

いい子に育ってくれてありがとう。。。。他人だけど。

号泣しながら、スマホで写真を撮る、不審な保護者。



さて、わが子は、どんな言葉なのか。
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あ、

そう。



入学式のときも思いましたが、
高校は義務教育ではないので、四方から集まってきています。
近所から通学してるなんて生徒は、10人もいないと思う。

生徒も、親も、一生懸命。
1本早い電車で行くといえば、目覚ましをかけ直し、間に合わせる。
親も、通学してるのです、気持ちの上では。

入った限りは、出るんだぞ。
この3年を我慢できなければ、社会では通用しない。

がんばれ、若者。
がんばれ、アタシ。
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あの日からのルール

2017/06/21 Wed 08:09

晴れた日、快晴の日。
よい天気だねぇと、人はいう。
わたしも、そうだった。

でも、あの日に、決めたのです。
晴れ=良い天気 と、もう言わないようにしよう。。。そう、自分のルールに加えました。


平成29年3月9日木曜日 岩手県高校入試の日。

それまで、冬にしては、降雪もなく、晴れ間の続く「よい天気」でしたが、よりによって、当日は、朝から降雪に。ときおり、強い風も吹きます。

「昨日まで、良い天気だったのに、なんでまた、今日、こんな悪い天気になったんだろう」

起床後、そして、次男が移動しているであろう時間帯も、思っていました。
加えて、送り出した後、2つのミスに気が付いたことで、少々、気分も重く。。。。

・時計を貸すのを忘れたこと(タブレットやスマホ使いで、時計の重要性を知らないから)
・電車やバスでの移動中は、勉強しないように注意すること(夢中になり、降り損ねることがあるから)



電車、バスと乗り継いでいく志望校。
時間があるとはいえ、いまさら、教科書を開いたとしても、頭に入るわけがない。
土地勘がなくて時間が読めないのと、緊張で、乗り過ごすこともある。

ああ、言うの忘れちゃったなー。
でも。。。。。。。
あいつは、なぜか、運がいいから、困ったことが起きても、きっと、誰かに手を差し伸べてもらえるはず。
それに、賭けよう。


電車で遊びに出かけ、乗り遅れた~と思うと、その電車の遅延で乗れたり、
ああ、忘れた~!と思うと、隣の席の子が、2つ持ってきたから、貸してもらえたり。
そういう場面が、たくさんある子だから、きっと、今日も大丈夫。
不安と幸運への期待が、交互に繰り返します。


受験の終了時間は、面接試験の進行状況にもよるので、帰りは迎えに行くことにしていました。

「おかあ、オレ、今日、受験できないかと思った~」と、帰りの車に乗るなり、開口一番。
でも、こうして、受験を終えたということは。。。。。ああ、今日も、誰かに助けてもらったんだな。

わたしは、次男の話を、黙って聴き始めた。
膝の震えを隠しながら。
こんなことってあるのだろうかと、心臓の鼓動を感じながら。

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おまじない

2017/06/19 Mon 08:09

15歳の次男が、小学2年のとき。。。。。。ちょうど8年前のこと。
いつでも、どこでも、機嫌のいい次男が、ぶすくれて、帰宅。
その日は、なにかの発表の練習のため、体育館で授業だったらしい。
順番待ちしているところに、S君が来て言った。

「5二郎(ごじろう)、ちょっと、こっちに来て、秘密の部屋がある」

なすがままに連れていかれたら、S君は、どこかにいった。
そこに、呼んでも返事をしない次男を探しにきた担任は、次男を大きな声で怒鳴った。

「そこに行きなさいと、誰がいいましたか?
待っててと言った場所に、なぜ、居なかったの?」


「Sくんに、連れてこられました」

「Sくんはいませんよね?どうして嘘をつくの!」

「ごめんなさい」

Sくんは、にやにやしたまま、遠くから見ていたらしい。

2年生だから、もう、これ以上、言えなかったと思う。
泣かない子どもなのだが、よっぽど悔しかったらしく、機嫌は、すぐに直らなかった。

一応、全容を聞き書き。
私は、記録する。
ある時期から、聞き書きして残すようになった。
子どもは(いや、大人もだけども)自分の都合のいいことしか言わない。
聞き返しているうちに、変わることもある。
だから、書く。

自分の不満を伝えるとき、人は、正しさばかりを優先する。
誰もが自分を正しいと思って生きているから、それでは、交わることはない。
正しさではなく、正確さ。
正確に伝えるためには、記録しかないのです。



どうやら、次男には非がないようだ。
ちょうどそのとき、TVで、17年の冤罪から、晴れて出所してきた人の報道がされていた。

あのね、絶対、自分は悪くないと思ったら、絶対、謝ってはいけないよ。
謝ったほうが、はやく、その場から離れることができる、自由になれる、楽になれる。
でも、そうして、悪くないのに、謝ってしまって、17年間、このおじちゃんは刑務所に入れられたんだよ。
その間に、おかあさんは、死んでしまった。
17年間だよ。
時間は、もう、戻らない。
だから、自分が悪くないときは、絶対に謝ってはいけない。

もし。。。もしも、信じてもらえなくて、今日のように、わかってもらえなかったときには、
おかあさんは、どんなことしても、絶対に助けてあげる。
何日かかっても、何か月かかっても、何年かかっても、助けるから。


こまったときは、「おかあさんっ!」って、でっかい声で叫ぶんだよ。
恥ずかしかったら、心の中でもいい。
とにかく、「おかあさんっ!」って、大きい声で叫ぶこと。

そしたら、おかあさんは、助けてあげる。
それは、おかあさんの姿じゃないかもしれない。
いろんな姿になって、助けにいくから、必ず。

これは困ったときの、おまじない。
ただし、このおまじないは、人に意地悪したり、人のせいにしたりしていると、きかない。
それをしない限りは、効き目があるから。



S君か。。。。。
私と同じように、人様も、わが子を大切に育ててきたのだから、否定してはいけないのはわかっている。
だが、どうしても、私は、その子を好きになれなかった。
一言でいうと、「いけ好かない」

次男をハメた。
「やりそう。。。」 
まず、最初に、そう思った。

時間を見計らって、お会いして話したいことがあると、担任に電話をした。
電話では、だめだから。
ちゃんと、目を見て、生身で話した方がいい。
すぐに来てくれというので、出向いた。

ノートに書いた通り、お伝えした。
先生は、真っ赤な顔をして、事情も確認せず、指導してしまったことを謝罪した。
って、わたしは、謝罪を望んでなかったんだけども。
ま、新学期になって代わった担任は、THE強引。
小さいんだから、私のいうことを聞いていればいいのよ。。的なやり方。
ま、それも、時には必要。
でも、それでは、今の子たちは、息切れしてしまうと思うのだが。

子供の世界においての不平不満は、できるかぎり、早いうちに解決したほうがいい。
あとを引くようでは、なかったことにしてはいけないと、思う。
被害者は加害者になる可能性も、ある。
こんなことされても、咎められないのかと、ならば、自分もこれぐらい、いいだろうと、タカをくくる。

子どもの不平不満を侮ってはいけない。
小さな不満が、積もり積もって、他者を攻撃するようになる。
決して、「我慢しなさい」で、片づけてはいけないと、わたしは思う。



翌朝、2人は、先生に呼ばれたという。
「昨日のことなんだけど。。。」と、話し始めた途端、Sくんは号泣。
おかあさんには、言わないでほしい、と号泣したらしい。

なんだかねー。
ま、そういう子だったんです。



「おかあさんっ!!」と叫ぶと助けてくれる、おまじないは、その日が始まり。
次男は、この日から、何回、おまじないを使ったかは、知らないけれど、私は、あの日も使ったと思っている。

この日から、8年経った、あの日も。

<続>


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